白き宵には眠る

目が覚めると、視界が青く染まっていた。
背中に薄ら寒さを感じながら、しばらく考えてからそこが、郊外にあるシキの個人宅内に、自分のために用意された部屋だとアキラは気づいた。青いと思ったのは絨毯とカーテンの色だ。
普段はシキの私室で休むか、あるいは仕事が忙しければ上級将校用の宿舎の自室を使うため、この部屋で目覚めるのは、ほとんどが仕置か躾で意識を失った後だ。
枕を抱くようにしてうつ伏せになっていた。身を起こして、すぐにその理由に思い至る。引きつれるような痛みが、脇腹と腰、臀部に一度に走って、アキラは息を詰めた。
「……っ、は……」
わずかに色づいた息を吐いて、自己嫌悪に陥る。これもいつものことだった。枕に頭を付けて、暫くの間うずくまっていた。それから言いようもない、何かあるべきものを無くしたような心もとなさを感じて、痛みに耐えて身を起こす。室内に主の姿を探した。いない。それも、いつものことだった。
ここまで計算され尽くしているのだろうかと、アキラは思う。
ひどくされた翌日に、普段よりも強くその存在を求めるところまで知っていて、シキは自分を一人にするのだろうか。この耐えがたい、寂しさのようなものまで想定して。
恐らくそうなのだろう。
ならばその処断に殉じなければ。そう思いながら、アキラの視線は扉に向かった。
ともすれば自室にいるかもしれない。数秒、迷った。だが出した結論もいつもと変わらない。椅子にかけられていた洗濯済みの軍服の下に足を通し、ワイシャツを羽織った。狭い家ではないが、シキの部屋は遠くない。少しだらしないかもしれないが、誰に見られるわけでもないのだからいいだろうと扉を見やった。通いのハウスキーパーが一人いるが午前中で帰る。今の時間はと確認して、すでに午後の夕刻近い時間だと知ってアキラは少しだけショックを受けた。そうして、そういえばここのところ休みもなく、疲れが溜まっていたのだと思い出す。今回の躾の原因となった失態も、そういった体調管理の不全が原因とも言えた。目覚ましも物音もないのをいいことに、眠りこけてしまっていたらしい。それでもまだ、頭も体も重く、節々が痛んだ。
部屋を出る。床敷の廊下を歩く室内履きのひたひたという音が、人の気配のない家の中に響いた。シキの部屋の前に立つ。ドアをノックした。返事はなかった。それもそのはず、土日を含んで3日間の休暇を取らされたアキラと違って、シキは仕事のはずだ。普段であれば、アキラにとっては休日出勤が当然だ。だが、躾のあとはさすがにすぐに仕事に出られるような状態ではなかった。だからいつも、シキに事前に数日の休暇を言い渡されることが、躾や仕置の合図でもあった。
「──何をしている」
「……閣下、」
足音も気配もなく背後から声をかけられたのに、びくりとして振り返った。そんな芸当ができるのは、もはや主くらいのものだ。
「なんだその格好は」
シャツを引っ掛けておざなりに幾つかのボタンを閉めただけの姿に、シキは眉をひそめた。部屋を出るときは全く気にならなかった自分の格好を、たしかにいい大人が他人に見せていい姿ではないとアキラは反省する。
「……申し訳ありません」
答えると、シキが片手を上げた。手の甲で頬を撫でられ、頭ひとつ高い位置にある瞳を見上げる。それがいつもと変わらぬ赤を宿しているのに安堵した。
「いつ目覚めた」
「十分ほど前です。随分お早いお帰りで」
思わずその手に頬を摺り寄せた。そうしてから、自分の行為の異常さに気づいて身を固くする。まるで犬かなにかのようだ。唇を引き結ぶと、シキの手から刀以外の荷物を引きとるふりをして俯いた。アキラの隠そうとした動揺に、シキは喉の奥で笑う。
「来い」
自室の扉を開けた。二つある一人掛けソファーの手前のひとつに腰を下ろす。それは常ならばアキラの定位置だった。違和感を察して部屋の入口近くに立ち尽くすアキラを見つめ、唇で深い弧を描いた。
「脱げ」
──予想しなかったわけではなかった。それでもアキラは身を固くして自らの主を凝視した。躾は、まだ終わっていないのだ。数秒の後、視線を下げた。
シキの荷物を丁寧に床に置く。そうしてから、肺から空気を追い出した。無言のままボタンを外す指が震えていることは、数歩の距離離れたシキにも知れた。以前、路上から拾ったアキラをトシマでアパートの一室に監禁していた頃にも、こんなふうに命令したことがあった。あの頃よりもアキラは従順で、その手つきには諦めが滲んでいる。そして瞳の奥には、恐れによって隠された、期待と熱とを潜ませていた。
「いい体になったものだな」
アキラは下着を脱ぎ落とそうとしていた動きを止めた。だがそれは一瞬だけで、すぐに足を抜ききった。部屋は窓の外からの光で充分な明るさに満ちている。その中で、アキラは両腕を脇に下げて直立した。
視線を感じていた。努めて、それを意識しないようにする。己が裸だということを考えないようにする。いい体という言葉が何を指しているのか、アキラにはわからなかった。軍で鍛えたことか、それとも、シキの手で作り上げられた部分か。
「寄れ」
命令に、アキラは衣類を床に残して、裸足のまま歩いていった。絨毯の敷かれたアキラの部屋と違い、シキの部屋は床張りだ。ひたりひたりと、かすかな音がした。
シキの手の届く場所で歩みを止めた。窓から入り込んだ陽光が太腿から下にかかり、仄かに暖かかい。衣類をまとっていないことを、意識しかけた思考を止めた。軍の中で、裸体を他人に晒すことなどよくあることだ。兵舎などプライバシーはないに等しかったし、前線に出れば人間の生理現象に関するほとんどのことはジョークの種だ。羞恥など感じなくなる。それと同じだと、思い込もうとした。
「……ッ、」
だがシキの指先が、昨日できたばかりの脇腹の蚯蚓腫れに触れた。優しくなぞられれば、痛みと快感が混ざり合ったものが、寒気のように背筋を駆けた。まだ、昨日の感覚を引きずっている。躾けられたあとはしばらくこうだった。体は普段以上に感覚を取り違え、精神は均衡を崩す。
「痛むか」
「……はい、」
「悦いか」
「……ッ」
爪を立てられたのに、びくりとしてアキラはシキを見下ろした。その赤い瞳は喜悦に細められ、アキラの浮かべる表情を一つとして逃さぬよう観察している。指先は力を持ち、腫れた皮膚を突き破ろうとしていた。
「あ……っ」
「悦いか、と訊いている」
「──ッ」
唇を噛んで俯向けば、昨日と同様に痛みに勃ち上がった己自身が目に入る。それは主にも見えているだろう。訊くまでもないことを尋ねるのは、自身の口でそれを認めさせるためだった。アキラはせり上がる羞恥心と戦った。奥歯に噛み砕き、飲み下し、再び喉を駆け上がってきたのをえづきながら嚥下した。
「……………………は、い……」
答えた声に、シキの喉の奥から漏れた嘲笑が続いた。
「アキラ」
「は」
「許す。咥えろ」
「…………!」
一気に視界が熱にゆがむ。唾液を飲み込む音が、頭蓋に響いた。
ずっと欲しかったものだった。昨日から、あんな冷たい硝子ではなく、主のそれが、欲しかったのだ。
だが。しかし。一瞬にして、欲望と戸惑いと羞恥とがアキラの内側を荒れ狂った。勝ったのは欲望だった。
アキラはシキの前に崩れるように跪く。与えられる、その喜びと期待だけで、理性が飛びかけていた。シキはそれを頬杖をついて眺めていた。
「……失礼、します」
組まれたままのシキの足に手を掛ける。持ち上げ解いた膝を、ソファーの端にそっと下ろした。そうして間に体を滑り込ませる。ベルトに手を伸ばし、くつろげる。ほんの少し、わずかに、兆したそれを慎重に取り出したときには、既に何も考えられなくなっていた。アキラは一瞬うっとりと視線を絡めてから、舌を這わせた。それから、乾いた砂漠の旅人が新鮮な果物に口をつけるような仕草で口に含む。
「ん、……ふ……」
やがてそれは硬度を増して、アキラの口では根本まで咥え込むことができなくなった。自ら喉の奥まで飲み込む。それでも余った。気道が塞がれる苦しさは、しかし口いっぱいに広がる満足感には敵わない。はしたなく唾液を啜りあげる音、自らの鼻から漏れる上ずった声、そんなものすら気にならなかった。ただ、欲しかった。上顎を刺激するくびれが、喉の奥をつく硬さが、出し入れするたびに唇をこする血管の感触が、たまらなかった。
「……っぐ、……ん……ッ」
奥まで飲みこみすぎてむせながら、それでもアキラは続けた。
「お前は、本当に、……」
頭上からわずかにかすれた、昨夜と同じ言葉が聞こえた。髪を掴んで引き剥がされる。惜しむように出した舌先と、主のそれを唾液がつないだ。
「は……ッ、あ、」
完全に潤んでとろけきった瞳で、アキラはシキを見返した。
「……閣下……?」
「欲しいか」
「、はい」
これまでにない明瞭な答えだった。
「どうしたい」
「……っ、」
アキラは唾液を飲み込んで喉を上下させた。開かれた唇は濡れて光った。
「飲み、た、……い、です……」
先ほどよりはわずかに遅れた応えを、しかし支配者は許した。鼻で笑うと髪を放す。アキラは再び、その足の間に顔を埋めた。
一心に貪るその頭を撫でたあと、アキラの腰に手を伸ばす。腰を斜めに断じた腫れをなぞってやると、びくびくとその背をはねさせた。
「……っく、ん……は、……」
まるで自分自身が愛撫を受けているような、甘えた声を鼻の奥から漏らしながら、アキラは割れ目から滲みだしたそれをすすった。やがて小さくシキが息を呑んだのを察知すると、強く吸いながら速度を早める。
「……っ!」
喉の奥、鼻の奥でそのほとばしりを受けて、アキラは声もなくうめいた。慣れた様子でむせることもなくそれを嚥下して、更に一滴も残さないと唇を使って何度もしごいて吸い上げた。いつまでもそれをやめないので、シキはその口に指を入れてこじ開け、引き離さなければならなかった。アキラはとろけたままの顔でくたりとソファに頭を乗せ息をついた。
「は……」
「餌をやるのが早すぎたか」
それを見下ろして、シキはアキラの髪を梳いた。眼球だけで見上げてくる虚ろな青に目を細めると、梳いていた髪を再び掴み強く引いて持ち上げる。ソファーから浮いた頬を平手で打った。ぱん、と乾いた音が部屋に響き、一瞬遅れて、アキラの目に僅かな理性が戻った。
「まだだろう、アキラ」
「……っ、」
「それとも咥えただけで満足したか」
シキの視線が床に落ちた。アキラがつられて目をやれば、磨かれた紫檀の床が濡れて光っている。自分の先走りだと思い至って、それにとっさに気づかぬほどに夢中になっていたことに、アキラは愕然として息を忘れた。
「……あ、」
シキの手が傷を覆うようにアキラの脇腹を掴んだ。ソファの上に引っ張り上げられる。一人掛け用の狭い座面に、シキの足を挟むように膝をついた。
続いてシキがサイドテーブルから手にとったものに息を呑む。
「……それは……っ」
昨夜アキラを犯した硝子球の連なりだった。清められたそれは、陽の光を投下して床に青い影を落とす。鏡の中に見る自らの瞳の色と全く同じ色の硝子を、アキラは怯えを宿した目で見つめた。
「なんという顔をする」
鼻で笑うと、シキはそれをアキラの唇に押し付けた。
「もう一度だ、アキラ」
「……いや、です……」
口でそう言いながら、顔を背けることもできずにアキラは唇を震わせた。
「許さん」
シキは指に力を込める。硝子球はアキラの口に転がり込んだ。
「……っ」
「何をそんなに怯える必要がある?」
一つまた一つと、その口に連なりを入れてやりながら、シキは優しげにすら見える顔で笑う。
「今更、ただの物に犯されショックを受けるほど初心だったか、お前は」
「──ん、っ」
反論は許されていなかった。アキラはただ、その視線だけで答えた。少々生意気な傷ついた青い瞳に、シキは笑う。充分に濡らされた頃、硝子球の連なりをその口から引き出した。ひたりとアキラのすぼまりに押し当てる。
「う、……ッ」
ひくり、と、意志に反して期待に揺れる体を、アキラは憎んで唇を噛む。だが、シキの言葉にその程度の羞恥など吹き飛んだ。
「自分で入れろ」
「……っな、あッ」
一粒目だけが、シキの指によって押し込まれた。びくりと腰を揺らして、それからアキラは呆然と少し低い位置にあるシキの顔を見下ろす。
「早くしろ」
ソファの肘掛けにかけられたアキラの手を、シキは数珠状の硝子球のもとに導いた。
「いや、だ」
「やれ」
容赦なく切り捨てる。
震える指を外側から包み込み、やり方を教えてやるようにして、二粒目を押し込ませた。わずかにのけぞったアキラの喉が上下する。そうして、手伝ってやりながら五粒目まで飲み込ませたところで、アキラの体がびくりと震えた。
「あ……っ」
唇を明らかな快楽の息が割る。ちょうど、最も感じるあたりに当たったらしかった。自分自身の声に、アキラは体をこわばらせる。構わず次の一粒を押し込ませた。
「や、は、……は……あッ」
青い瞳が再び快楽に蕩けだした。その指が自発的に動き始めたのに、シキは薄く笑んで、脇腹や、臍のピアスの裏側の鞭の傷に指を這わせ、爪を立てた。アキラは時折腰を揺らしては自己嫌悪に顔を歪め、それでもふたつ、みっつと硝子球を自ら受け入れていく。
「……いや、だ……ッ」
呟きに似て小さく、アキラはうめいた。
その瞳と言葉以外は、既に快楽に従っていた。受け入れがたい自分自身を結局受け入れきれぬままに、絶望しながら溺れていくアキラの瞳が、完全に理性を失ってどろりと濁る瞬間が、シキは嫌いではなかった。
自分自身に裏切られ泣きながら、悦楽に陶然とするアキラの表情を眺めながら、シキは硝子球の連なりの端に手を掛けた。
一気に引きぬく。
「あ、──!」
アキラの背が反った。ソファから落ちぬよう腰を支える。
「あ、あ、……!」
自身から涙のように先走りを垂らしながら、達しきれなかったアキラは体を痙攣させた。
「はじめからだ、アキラ」
「……ッく、ああ、……ッ」
がくがくと腰を震わせ、すすり泣きに近い声を上げて肩にしなだれかかってきた従僕の手に、シキは再び冷酷に硝子球の端を渡す。
「──も、おねが……っぅ、」
「早くしろ。いつまで終わらんぞ」
酷薄なその言葉に、しかし、終わりがあるのだという救いを見出して、アキラは震えながらも体を起こした。
「……ん……ッ」
先ほどと同じ行為を繰り返しながら、時折アキラはぶるりと体を震わせ、こわばらせた。限界が近いことは、勃ち上がり張り詰め切ったそれが知らせていた。
頬を伝った汗と涙を拭ってやると、それにすら体を揺らす。おそらく今ピアスを少しでも刺激してやれば、それだけで果てるだろう。
「アキラ」
「……は、い、……ッん」
「俺の軍服を汚す気か?」
既にズボンの腿は滴り落ちたアキラのものに濡れそぼっていた。このままでは飾りの多い上着まで汚しかねない。
何を言われているのか、すぐには理解できないようだった。うつろな目でシキを見返し、それから、後ろに回していた手をシキの上着にかける。
この季節、普段ならば部屋に入った時点でアキラはそれを引き取ってハンガーに掛ける。だが今日は事情が違っていた。
断りもなく、シキの軍服のボタンを外していく。すべて外しきり、前をはだけさせたところで、アキラはぐったりとシキの肩に額を乗せた。すすり泣くような息を吐いて、甘えるように首筋に頭をこすりつけてくるのに、シキは笑ってその髪を撫でた。
「まだ終わっていないだろう。褒美をやるには邪魔なものがあるぞ」
久しぶりの、苦笑を含んではいるものの素直に優しげな声音に、アキラは潤んだ瞳を上げた。もう一度、肩に額を押し付けたあと、シキの首元に顔を埋めたままそろりと自らの臀部に片手を伸ばす。もう片手は、シキの上着の端を掴んで皺を作っていた。
「……んっ、……」
引き出すのを手伝うように尻を割り広げてやりながら、昨日の名残のみみず腫れを撫でてやる。
「あ、あ、……ッ!」
時折爪を立てるようにしてやると、昨夜とは違った明らかな快楽の声を上げて、アキラは小さく達した。こぼれ落ちた硝子球が、床に澄んだ音を立てた。
「よくできた」
「……は……ぅ、ッ……」
細かく痙攣を繰り返す背中を撫でてやりながら、シキは従僕の耳元に呟いた。首元で荒い呼吸をする濡れた唇の端に軽く口付けを落とす。それからアキラの体を抱え上げ、体制を逆転させた。一人がけのソファの上にずり落ち気味に座らせたアキラの、足を抱え込む。
「あッ、──あ!」
「存分に貪れ」
そうして、わずかに口を開けたままだったアキラの奥まった場所に、自身を埋めた。
揺さぶれば、これまでとは全く違う反応が返った。堪えることなど忘れた声と、背に縋りつく必死な十指。結局、最もシキを煽るのは、そういったものだった。限界まで引きずり下ろし、恥辱や理性の檻を超えさせたアキラに、叫ぶように、むせぶように名を呼ばれるのは、間違い無く大きな悦楽だった。
「うっ、く、あ、シキ、シキっ、あッ、あ……!」
今まであえて触れないでいたアキラの前を、手のひらで包み込む。すがりついていた指に短い爪を立てられた。小さくとはいえ先ほど達したばかりでも、それはすでに育ちきっている。穿った狭い場所の反応は、随分と待っていたらしいことがうかがえた。
シキは口元に笑みを浮かべて、従僕の唇を割った強請る言葉に、せいぜい応えてやることにした。

*

蛇口から落ちる水滴の音と、天上に据え付けられた換気扇の低い唸りを聞きながら、アキラは重いまぶたを開いた。
視界は白い。体は温かく、浮かんでいるようだった。
すぐに、視界が白いのは湯気のせいで、浮いてるようなのは湯と、そして合わせてから長い時間が経ったせいで境界のわからなくなった肌の感覚だと気づいて、驚きに身じろぐ。
「気が付いたか」
「──!」
体を起こそうとしたのを、背中を抱いた腕が阻んだ。
「閣下」
「ああ」
「……、」
そろり、とシキの肩の上で首を回した。鏡を見れば、風呂につかるシキの上に、向かい合う形で抱き込まれている自分の姿が見える。恐らくほうっておいてもずり落ちぬように、アキラの顎を肩に掛けていたのだろう。アキラを抱く手とは逆の手には小さな本があり、読書中らしいということが知れた。風呂場で読書とは、らしくない行儀の悪さだ。先ほど起き上がるのを阻んだのも、濡れるから動くな、ということなのだろう。
湯の温度はかなり低めで、体温より少しだけ高い程度だと思われた。
アキラは再び体から力を抜いた。シキはしばらく動く気がないらしい。ひたりと合わせた肌が、安堵を呼んだ。終わったのだ、と思った。躾にしろ仕置にしろ、終わった後のシキは普段より少しだけ優しい。首筋に鼻の頭をこすりつけ、肩を甘く噛む。そんなことも許される。答えるように腰の傷を柔らかくなぞる指が笑っていた。
アキラは目を閉じた。体も、頭も重かった。
「アキラ」
やがて呼びかけられたのに、夢うつつに答える。
「……はい」
「いつか取り返してみせろ。お前自身を、俺の手から」
「……? 俺は、貴方のものです」
何を言っているのだろう。アキラには、シキの本意が読み取れなかった。
「……そうだな。いい。眠れ」
頭を撫でられたのに、アキラは再びまぶたを下ろした。ゆりかごに似た腕の中、白い霧のような恐ろしく濃い眠りが、すぐそこまで歩み寄っていた。

end.

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